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| ダンディーで通った明治生まれの父親の跡をついだ。高校卒業と同時にワイシャツの仕立ての世界に飛び込んで、すでに半世紀あまりが過ぎた。宮谷隆夫さんは、いつのまにか“片町の一徹親父”と呼ばれるようになっていた。 |
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| 「ちかごろは本来のお洒落にこだわる人が少なくなった。自分の内も外も磨かないと、そもそもお洒落は上達しませんからね」 最近のファッションには手厳しい。しかし、その柔和な笑みを見れば“一徹親父”の愛称が親しみをこめてのものだとすぐ分かる。 明治7年の創業以来、金沢の名士や洒落者が競ってワイシャツをあつらえに訪れる金港堂。店内地下にはビジネス、フォーマル、無地、色物、柄物など100種類をゆうにこえる生地が並ぶ。ここはまさにワイシャツの殿堂。「たとえば生地は、糸の太さを表す番手が大きいほど、軽くしなやかでツヤや風合いが出るんです」 |
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| こだわりぬいている自信と誇りが、宮谷さんの一言一句に見え隠れする。生地はもとより襟やカフスの形とバランス、ボタンの選び方まで、こだわりは細部にわたる。既製品には真似のできない質感やフィット感はこうして生まれる。 宮谷さんの講釈は、普段はほとんど聞くことができない。「柄じゃないから」と照れ笑いする姿に、極めた人の余裕を感じる。 |